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アーセン・ヴェンゲル監督の退任と僕のサッカー人生について語る時に僕の語ること

僕はサッカーが嫌いだった。

小学生のときJリーグが開幕してクラスでもサッカーが流行り、例にもれずに私もサッカーを楽しんだ。クラスメートがサッカーチームに入団する中、両親が共働きの我が家は送迎や少年団の手伝いができないことから、サッカーチームへの入団は許してくれなかった。

校庭でリフティングやシュートの練習を一人でしていたが、卒業を迎える頃でも技術的な面では素人と変わらないレベルだったと思う。

ようやく中学生になったときにサッカー部に入部したが、我が中学校サッカー部は弱小チームで、花形プレーヤー1人のクリエイティブなプレーでどうにかするしかなく、僕はサイドハーフで永遠駆けずり回るだけの陸上選手のようなプレーヤーだった。試合中数度あるボールタッチでもどうしていいかわからず困惑していた。

「思ってたのと違う」

その頃日本がワールドカップに出場して日本のサッカーへの関心が上がる中、反比例するように僕のサッカーへの情熱は無くなっていった。

ーーーサッカーておもしろくないな。

高校生になり部活も入らず学校もサボりがちで、友人宅で徹夜マージャンや深夜徘徊ばかりしたりしていた僕は、ある日深夜に家に帰り、テンビを何気なくつけると「プレミアリーグ開幕戦」が放映されていた。

もちろん僕だってスカパーでリーガエスパニョーラの「エル・クラシコ」は深夜に起きて見ていた(カンプ・ノウでフィーゴに豚の顔の皮を投げられているのを生中継で見ていた)し、セリエAダイジェストや中田の出場試合の放映があれば寝ずに見るくらいだった。

だけどそのプレミアリーグの赤いユニフォームのフットボールは「頭をガツン!!」と殴られるくらいの衝撃だった。

速い!上手い!デカイのに上手い!でもとにかく速い!

18歳のその日から、15年間僕はずっとそのチームが一番好きでいる。

今でも目を瞑れば18歳のその日の衝撃はありありと感じられるし、それに付随して当時付き合っていた彼女との甘酸っぱい記憶(主に反省)も思い出すことだってできる。

「アーセナル」っていうんだ。。


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ベンゲル監督が退任を表明した。

1995年にノースロンドンへやってきてから約22年間に渡ってチームを率い、「1ー0のアーセナル」「退屈で守備的なアーセナル」と呼ばれていたチームを、魅力的で攻撃的なフットボールなチームに変化させ、さらには2003-04シーズンに無敗優勝(トータル49試合無敗)という金字塔を成し遂げた。

プレミアリーグでは823試合(473勝199分151敗、勝率57.5%)を指揮し、サー・アレックス・ファーガソン元監督の810試合を抑えて史上最多。

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大学に入りサッカーを再開したり、指導者ライセンスを取得し小学生を対象にしたサッカークラブで働いたり、お金がない頃になけなしのお金でエミレーツ・スタジアム行ったときには涙が出た。

こうしてまたサッカーが好きでいられるのはヴェンゲル監督のおかげです。

敵チームの監督としてエミレーツ・スタジアムに来たときのことを想像すると、なぜかワクワクします。

22年間お疲れ様でした。
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